ル・サンク小石川後楽園建築確認取り消し事件について(2)

前回の記事はこちら⇒ル・サンク小石川後楽園建築確認取り消し事件について(1)

ご迷惑をおかけした代償はあまりにも大きかった
ご迷惑をおかけした代償はあまりにも大きかった

どこのエリアでもマンション反対運動は起こりますが、文京区だけ特に苛烈な展開をたどることが多い印象があります。
その理由としては次の3点があるのではないでしょうか。

1.東大関係者及び教育熱心な人が多いため専門知識を駆使して反対する
2.共産党や市民派系など左派系の得票・議席が多いため反対運動が政治問題化しやすい
3.コミュニティが割と強いため住民は反対と決まったらまとまりがち

ル・サンクの横のマンションにもこんなポスターが・・・
ル・サンクに隣接するマンションにもこんなポスターが・・・
ル・サンクの横のマンションにもこんなポスターが・・・その2
ル・サンクの向かいのマンションにもこんなポスターが・・・その2

3つの要素をあげましたが、小石川建築確認取り消し事件に先立つ国立マンション訴訟事件の舞台となった国立市も状況が似ている気がします。
(文教都市で高学歴が多く、市長が市民運動の中心人物、市民派の活動も活発)

ル・サンク小石川後楽園(赤)周辺地図
ル・サンク小石川後楽園(赤)周辺地図(Googlemapをもとに筆者改変)。敷地南側の東西の道が堀坂

さて、問題の経緯をまとめてみましょう。
2001 富士銀行社宅跡地を都市基盤整備公団(現UR)が購入
2003.10 日本鋪道(現・NIPPO)と神戸製鋼所不動産カンパニー(現・神鋼不動産)が共同で当該土地を購入
2004.7 東京建築検査機構に建築確認申請、翌8月に建築確認が下りる
2004.11 近隣住民が東京都建築審査会に審査請求
2005.6 東京都建築審査会の裁決により建築確認取消し
(理由:1.自動車車庫出入口の道路(堀坂)幅員が6mに満たない2.西側メゾネット住戸が一の建築物に当たらない。)
2008.8 NIPPOと神鋼不動産が文京区長に開発許可を申請
2009.3 文京区長が開発許可(1.堀坂6mに拡幅 2.共同住宅)
2009.5 近隣住民が東京都開発審査会に開発許可の審査を請求
2009.8 文京区長が開発変更を許可
2009.8 近隣住民が東京都開発審査会に開発変更許可処分の審査を請求
2009.9 東京都開発審査会が開発許可の審査請求を棄却、開発変更許可処分の審査請求を却下
2010-11 数度の説明会と近隣住民の開発許可取消訴訟
2012.4 文京区長が開発変更を許可
2012.7 都市居住評価センターに建築確認を申請、建築確認が下りる
2012.9 近隣住民が東京都建築審査会に建築確認の審査請求
2013.2 工事開始
2014.2 都市居住評価センターに変更確認を申請、翌3月変更確認
2014.3 文京区絶対高さ制限導入(当該土地は22m上限となる)
2014.7 ル・サンク小石川後楽園販売開始
2015.4 ル・サンク小石川後楽園完売
2015.9 東京都建築審査会が建築確認の執行停止
2015.11 東京都建築審査会が建築確認取り消し

さて、近隣住民が何を求めて争ったのか、そして何が問題とされたのか、そしてこれからどうなるのか、そのあたりについては年明けの更新で深堀していきたいと思います。
それでは皆様よいお年を。

続きはこちらです。⇒ル・サンク小石川後楽園建築確認取り消し事件について(3)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です