垣谷美雨『ニュータウンは黄昏れて』

不動産系の方々が皆絶賛していた垣谷美雨『ニュータウンは黄昏れて』を早速読んでみたのですが、これがおもしろくて。
ニュータウン管理組合編、不労所得お坊ちゃん翻弄編、幼馴染三人娘のその後編の三つの要素がからんだりからまなかったりしながら話が進んでいく構造で、不動産関係者必読だし小説・物語としてみても展開にドキドキしながら楽しんで読めます。
岡山から上京し高円寺の賃貸アパートを経てバブル崩壊直前にニュータウンの中古を買って価格暴落で身動きが取れなくなり高金利のローンを払い続けている母・頼子と美大を出て就職した会社が潰れ駅前の寿司屋でバイトをする娘・琴里の二人の視点があるため、やや読みづらくはあるが、「ニュータウンに入植した世代」と「ニュータウンで育った世代」のそれぞれの感覚や問題が垣間見え、重層的な物語となっている。
(頼子は作者本人がモデルであるため、購入当時の感覚や管理組合の描写はそこにいるかのようなリアリティがある)
時代の波に翻弄され、結果的に価値のないものを高額で買う羽目になり、早く売って都心に帰ろうとして建て替えに望みを懸けるというのはニュータウンの人だと割と一般的な思いなのかなという気がしました。
以下ネタバレ含みつつ自分の関心に寄せた感想です。

しかし帯の犬山紙子はミスマッチちゃうか
しかし帯の犬山紙子はミスマッチちゃうか

ニュータウンの住民もいろいろで1.売出時分譲組、2.頼子のような中古で遅れて買った組、3.若い人で安いからと最近買った組といて、1.はマジョリティで自分たちが楽をするために理事定年制を言い出したりします。
2.は1.と違い同期入居がいないため周りとの交流も薄く、発言力は弱いです。3.はそもそも建て替え狙いで一時の住まいとして買っていたりします。
ここらへんはニュータウンに限らず、都心の古いマンションでも同じですし、最近のマンションでもそう(もしくはそうなる)だと思いながら見ていました。
ニュータウン選出の議員がいないので依子にお鉢が回ってくるくだりがあるのですが、この政治家がいない問題ってニュータウンも昨今のタワーマンションも実は共通する問題なんじゃないかなと思います。
なぜ政治家がいないかというと
1.サラリーマンの割合が多いため仕事を辞めてでも議員になろうとする人が少ない
2.コミュニティの歴史が浅いため名望家がいない
だから自治体の問題や予算から外されて人口がある程度いるのに割を食ってるというのはあると思います。
今春の統一地方選挙で何人か湾岸タワーマンションの理事長や代表者が出馬しましたが結局議席を得られなかったのは「この人を議員にする」というコンセンサスがタワーマンション内ですら得られていなかったということでしょう。
同じような収入同じような年代の人が集まっているだけに「なぜあいつが議員に?」と思うことはあっても「うちの代表者にふさわしいのは彼だ」と認めるのは難しいしそれを可能にする歴史的蓄積も乏しいのでしょう。
はっきり言えば本作の黛くんのお父さんは息子が散々な評判でありながらなぜ毎回都議会議員に当選できているのかと思いますが、それは結局黛家が代々議員をやっている名望家であるという点と汚職をしそうにない資産家である点に尽きると思います。

世代間格差、ニュータウンでも駅近駅遠によって建て替えできるできないという格差、富裕層と庶民の格差、様々な格差を描いていますがそれは結局解決されないまま終焉を迎えます。
結局マンション購入は「いつ買うか」に尽きてしまう、もう少しあとに買っていれば安く買えたし、もう少し前に買っていれば安かったしニュータウンでも駅近で建て替えも可能だった(現実で言えばブリリア多摩ニュータウンのような)けれども、買った以上は「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし(by徳川家康)」するしかないわけで、それは自分の問題として向き合わなくちゃダメで、他所から救いの手が差し伸べられて残債帳消しになるというものでもないわけですよ。
ニュータウンは地価の下落や価値観の転換(郊外志向の終焉、都心の高度化)で取り残されてしまったというのはありますね。
そういう大きな流れの前では個々人の努力は無力に思えるけれども、その上でどうやって生きていくかもがき苦しんでいく、そんな作品です。
(雑な解説)

「なんでやろなあ~?」
「なんでやろなあ~?」

まあしかし朋美の絶対不動産屋をやってたとしか思えない財産調査(保有物件見学と謄本取得)には吹いてしまう。あれを見れば合コンで年収を聞く女なんて可愛く思えますね。
まわりまわって押し付けられたウンコ物件を金塊に変えるには腕力と不動産リテラシーが必要だという示唆的な話でした。
あと区分所有法とか買取請求権について詳しいおばあちゃん無双には笑ってしまった。
とにかくニュータウンの実情を描いてはいますが、区分所有共同住宅一般に当てはまるような問題提起も多く、学びになりました。

ニュータウンは黄昏れて (新潮文庫)

 

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