歴史上の偉大な仲介業者について

昨今、仲介業者を排して貸主と借主が、あるいは売主と買主が直接取引するビジネスモデルがそこかしこで叫ばれています。
彼らは言います。「仲介業者は不要だ!」「右から左に流すだけで3%もの(1か月分もの)暴利を貪っている!」と。
果たして本当にそうなのでしょうか。仲介業者は本当に不要なのでしょうか?仲介業者の報酬は本当に過大なのでしょうか?
それを考えてみる上で今回は歴史上の仲介業者の話にスポットを当ててみましょう。

ところで、「歴史上の尊敬する人物は誰か?」という質問を大学入試や就職面接で投げかけられたとき、ある一定以上の世代では「坂本龍馬」の名前が圧倒的でした。
五万円札の発行が取りざたされた際に候補として名前が挙がったほどです。

尊敬する人物ランキングでいつも上位にいる坂本龍馬(攘夷だけに)
尊敬する人物ランキングでいつも上位にいる坂本龍馬(攘夷だけに)

しかし坂本龍馬が成した偉業は何か?どういうところを尊敬するのか?というところになると途端にもやもやしてきます。
「日本初のハネムーン」「幕藩体制下における先見性」「藩という枠組みを出て縦横無尽に活躍する自由人」
どれも魅力は魅力でしょうが、(ハネムーンはさておき)幕末にそう言った人は珍しくないですし、前述の事柄は偉業とは言えません。
では坂本龍馬の成した偉業とは何か?と言えばそれはもちろん薩長同盟の斡旋でしょう。
薩長同盟の数年前、薩摩と長州は禁門の変で激突し、長州は主要人物を多く失いました。
長州の薩摩に対する遺恨は深く、また薩摩の側もそういった経緯があるために長州と接近することを避けていました。
しかしながら幕府と対立する長州はこのままでは再度征伐を受けてしまう状況、薩摩も持論の公武合体策が不発に終わり打開策を模索している状況。
これまでの遺恨を飲み込ませて両者に手を組ませれば展望が開ける、そう考えて間に立ったのが坂本龍馬というわけです。
つまり彼こそが薩摩と長州の契約を仲介した仲介業者なのです。(仲介手数料はいくらだったのでしょうか)
お互いが直に話せば紛糾してまとまらないものを間に立って伝えるべきことは伝え、いらないこと(相手への不信や批判など)は自分のところにとどめておいて、契約を成立させる、これは仲介業者のあるべき姿でしょう。
これは当時の人々にとってサプライズでした。今でいえばトランプ大統領が国務長官にヒラリーを任命するようなものでしょうか。
この薩長同盟がきっかけとなり、第二次長州征伐は長州の勝利に終わり、明治維新への道筋が開けたのでした。

契約をまとめるために尽力し、時には自分が悪者になる。「君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる」というフレーズが昔流行りましたが、依頼人のためなら泥をかぶる覚悟でやり、まとめる方向に動いていく、これが仲介業者の仕事です。坂本龍馬もきっと薩摩や長州の人からやんややんや言われたことでしょうが、この契約が日本を変える、この契約をまとめるのが俺の仕事だと自分を奮い立たせてやりきったに違いありません。仲介業者がいなければまとまらなかった契約に手数料を払うのは当然の話です。それが嫌なら最初からペッパー君に仲介を任せればいいだけの話です。

???「同情するなら仲介手数料をくれ!!」
???「同情するなら仲介手数料をくれ!!」

僕も日本の歴史に残るとは言いませんが日経不動産マーケット情報に残る契約をバシバシ仲介したいものですね。(終わる)

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